
HISTORY
– バースディの歩みと、お菓子に込めた想い –
「誰もが主役になれる特別な日。それが、お誕生日です」 私たちのお店
「バースディ」という名前には、世界にひとつだけのお誕生日ケーキを
お届けしたい、という
シェフの揺るぎないコンセプトが込められています。
■ 父の背中と、神戸で学んだお菓子の「本当の力」
シェフの田中 強は、同じく
洋菓子職人であった父の背中を追いかけ、自然とこの道を志しました。修行の場として選んだのは、憧れであった洋菓子の街・神戸の名店
「西洋菓子処フーケ」。
そこで無我夢中で技術を磨く中、あの震災を経験します。
街全体が深い悲しみに包まれる中、神戸の復興とともに
シェフが肌で感じ、学んだこと。それは、お菓子には
単なる美味しさを超えて「人々の心に寄り添う優しさと、感動や夢を与える力がある」という事実でした。暗闇の中でこそ輝く、
甘いお菓子がもたらす一瞬の笑顔。この時の原体験が、シェフの職人としての
魂に深く刻み込まれています。
そんな『田中 強』の父である『田中 幸次』の歴史も合わせて
ご覧いただければと思います。

洋菓子職人
(父)田中 幸次
大分県出身、中学を卒業後地元のパン店で
職人の道へ。
各地の洋菓子店で修業を積み、神戸で勤務して
いた際に姫路の
老舗和洋菓子店「杵屋」の社長に見いだされ
移籍し、その後1975年にのれん分けが許され
「ボルドー杵屋」を開業。当時、注文の多い日は早朝から深夜までひたすら作り続け、配達に走りまわる日々。そんな父の背中を追い長男の強さんが「神戸洋菓子工房バースディ」をオープン。
世情が変わる中でもケーキ作りへの姿勢は70年間変わることが無く2013年に店を畳んだ後も、
当時から親しまれていたブランデーケーキや
菓子類が「バースディ」の店頭に並ぶ。
「お客様に喜んでもらうのが何よりもうれしい。体が動く限りは焼き続けたい」
と今日もケーキ作りに情熱を注ぎ続けている。

■ 故郷・姫路への感謝と、磨き抜かれた技術 神戸で
培ったお菓子作りへの情熱を胸に、シェフが大切にしているのは、生まれ育った故郷・姫路への深い感謝の気持ちです。地元の皆様の日常に、ささやかな幸せと笑顔をお届けしたい。その一心で、日々厨房に立ち、お菓子作りにひたむきに向き合ってきました。
その妥協なき探求心と技術は、
「第25回 西日本洋菓子コンテスト 最優秀賞」や、
「第24回 全国菓子大博覧会 工芸菓子の部 農林水産大臣技能技術優秀賞」といった数々の名誉ある賞として結実しています。しかし、シェフにとっての最大の喜びは、
賞そのものではなく、その磨き抜かれた技術を使って、
お客様の「特別な一日」を最高のかたちで
彩ることなのです。
■ 笑顔が循環する場所へ。新たな「バースディ」の幕開け 2021年、私たちは「株式会社バースディ」として法人化し、新たな一歩を踏み出しました。 それに伴い、店内を全面リニューアル。目指したのは、ご来店いただくお客様にワクワクしていただける空間であると同時に、ここで働くスタッフ全員が気持ちよく、笑顔で過ごせるお店づくりです。作り手の豊かな心と笑顔があってこそ、本当に人を幸せにするお菓子が生まれると信じているからです。
これからも「バースディ」は、姫路の街で、皆様の人生の大切な節目にそっと寄り添い、記憶に残る「世界にひとつだけのお菓子」を作り続けてまいります。
『写真に添えられた母の想い』
−写真に刻まれた言葉を紹介いたします−
当時僕が3歳の時「お父さんの作った」
ブランデーケーキ美味しいか?
と言った時の写真です。
あれから三十年、評判のブランデーケーキも今では
宅配注文のお客様も増えて、方々に送り続けている
僕も洋菓子職人の道に進みあっという間に
十年過ぎました。今では父とお菓子作りの話も
色々出来るようになりましたが
まだまだ分からない事は沢山あります
教えて貰いながら頑張る日々です。

『お父さんの作るブランデーケーキが、
「世界で一番おいしい。」
と母が何度も口にしていた、その言葉。
父が今も守り続ける味と、母が愛したその味を大切に、
オーナー・田中はその想いを紡いでいます。』

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父と母の意思を紡ぐ思い
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株式会社バースディ
オーナーシェフ
田中 強
Tsuyoshi Tanaka

